せっかく習い始めたピアノなのに途中でやめてしまう子供たちのなんと多い事でしょうか。音楽がどれほど人生を豊かにするかを知る者として、出来れば一人でも多くの子供たちに音楽を好きになって欲しいものです。特に昨今、子供たちを取り巻く環境を作り上げている要素で望ましくないものが増してきています。
例えば、コンピューターーゲームを長時間行っていると脳の前頭前野でβ波が出にくくなるそうです。そうなると『表情が乏しくなる』、『物忘れが激しくなる』、『感情のコントロールがきかなくなる』といった症状が現れるそうです。
一方、小さな時から音楽に親しんできた子供たちはどちらかと言うと釣り合いの取れた自尊心と共にコミュニケーション能力があり、色々な事に関心を持つといった特徴があるように感じます。
私は教育の専門家ではないですし精神衛生の研究者でもないですが、自分が音楽を好きになったいきさつや音楽家たちのさまざまなライフストーリー、また長い人生で色々な人々と出会い分かったことからどうすれば子供が音楽を好きになれるかを語りたいと思います。
音楽の魅力を伝える
音楽の話とは関係がないように思えるかも知れないのですが、私の妻の知
り合いの子供たちで国立大学にストレートで入学している人たちが何人
かいます。
その人達を見ていて共通していると感じるところは、どの親も
いわゆる"教育ママ"たちでないという所なのです。皆どちらかと
いうとお
っとりしているタイプ。また、子供と共に楽しい時を過ごすのが好きな人たちです。 子供と一緒に散歩し、道端に生えている草や見つ
けた昆虫を「これは
なんだろうね?」 と言って家に帰って子供と一緒に図鑑を見て調べる
…そんな人達なのです。おそらく彼女達の口癖に
「勉強しなさい!」
は無かった筈です。彼女達は子供達に勉強の楽しさを味わわせたので子供達は親からいわれなくとも自ら勉強を楽し
むようになったのです。
良い成績は彼らが楽しく勉強した結果として得られた副産物に過ぎな
いと思うのです。つまり、彼らは良い成績をとろう
として勉強したのではな
い。学習が楽しいから勉強が好きでならないのです。
音楽教育も同じではないでしょうか。親が楽器演奏に魅力を感じて、
あるいは自分の果
たせなかった夢を子供に託して子供に楽器を習わ
せたいと思うかもしれ
ませんが、もしそこで子供自身が音楽に興味がなかったら先生のところ
へピアノを習いに行く時間はきっと退屈でしょう。
そこでもし教えられたこ
とが出来ず先生にただ叱られるだけだったら、それは子供にとって地獄
のような時間の何ものでもなくなってしまいます。当然の事として音楽は
嫌いになってしまいます。では、親は子供に
音楽を習わせたいと思うな
ら音楽がどれ程楽しいものか、まず音楽の
魅力を子供に感じさせなけ
ればならないと思うのです。
音楽への憧れ―初めの第一歩
"あれこれ"のページでも紹介させて頂きましたが、私と音楽の出会いはギターでした。それも映画の中の登場人物がかっこよくギターを弾い
ていたのを見てあこがれ、ギターを習うことになりました。中学生の頃の事です。
私は浅草生まれの浅草育ちなので、学校の行き帰りは誘惑とな
るものが沢山ありました。それに加えて勉強が嫌い…というより「勉強しろ」 と言われると、とたんに勉強したくなくなるタイプなので蔵前まで通
っていた高校時代は学校をサボって遊びほうける事も…。そのままストレートに行くと“不良少年”になる事は必至でしたが、ギターを練習するのが
面白くて仕方がなくなり、ギターを弾くために一目散に家路につくようになりました。その頃から、様々なクラシック音楽のレコードを買いあさり、
ベートーベン、バッハ、モーッアルトといった音楽の大家たちの本を読み、彼らを自分の友のように思うようになりました。
自伝を語ってしまいましたが、この中にどうすれば子供たちが音楽を好きになるか、かなりヒントになる事が含まれていると思うのです。つまり、
私は“あの映画”からギターに対する "あこがれ" を抱いた訳ですが、子供は自分が“憧れ”を抱くものになりたいと思うものです。
数年前、調律のお客様の I さんから 「息子がピアノをやめたがっている」 と相談された事があります。それでまずは音楽をお子
さんと一緒に聴く様に提案してみました。次の年に調律に伺ったところ、息子さんはベートーベンのピアノ曲が好きになったため、その曲を弾け
るようになるため、一生懸命レッスンに通っておられるとの事でした。
やはり、“憧れ”を抱く事は何よりも強力な動機付けにつながると思うので
す。どんな音楽を聴いたら良いのか、見当の付かない方は当工房のサイトMusic for Beginners をご覧頂きたく思います。
誉めること
「レストランで私はコーヒーとロールパンが欲しかったのですが、ミルクとオートミールを注文しました。というのは、コーヒーとロールパンと言うな
ら、ひどくどもる事は目に見えており、注文を取りに来た老婦人に気の毒がられたくなかったからです。私はオートミールが大嫌いです。」 (「言
語矯正」より)
実に気の毒な話です。子供の頃にこの人が話し方を上手に学べなかったばかりに生涯、嫌いなオートミールと付き合う羽目にな
ってしまうとは!! この人は次の様に話を続けます。
「私は、小さい時でさえ、自分の話し方を恥ずかしく思ったことを覚えています。そして、口
を開くたびに母に恥をかかせました。…私がどもると父は決して耳を貸してくれませんでした。…私は…どんな事でも母を通して父に用件を伝
えるようになりました。」
ますます気の毒です。家族との暖かなコミュニケーションまで奪われてしまうとは!!おそらくこの人は口を開けば間違いを正され、語ることに自信を失い、上手に話そうとする意欲までそがれてしまったのでしょう。
赤ちゃんに
言葉を教えることについて書かれていたある出版物に 「子供がある単語を最初間違って発音してしまった場合でも 『そうではないでしょ、_
_と言いなさい』 とすぐに言い返さないのが大抵の場合良いようです。むしろ満足そうに笑みを浮かべ(お子さんは話をしたのです!)、それから
同じ言葉を繰り返し、その際正確に発音します。こうすれば、"赤ちゃん言葉"を使おうとする幼児の意欲をくじくことはありませんし、また、子供
が不正確な発音をし続けるのを自分が助長するようなことをもさけられます。」 とありました。
言葉を片言、話始めた赤ちゃんが最初から大人の
様に上手に話せる筈がありません。自転車だって習い始めの頃はよろけて何度も転び、擦り傷をつくるものです。それで叱られてばかりいたら
上に引用した人のように話す事を苦痛に感じる人になり、自尊心まで奪われてしまいます。 では、子供がピアノを上手に弾けない時、叱られてばかりいたらピアノが嫌いになる事は目に見えています。(もちろん人間、間違いを正された時、素直に指摘を受け入れる謙虚さはたいせつですが…。)どんなに下手でも音符を見てピアノを演奏したのですから、まずはその努力を誉
めてあげるのはどうでしょうか?「すごいね!!こんな曲が弾けるようになったんだねぇ~。」子供にとって親から褒めてもらうことほど嬉しい事はあ
りません。親が「練習しなさい!」と言わなくても進んで練習に励む事でしょう。